最後に残るのは、かたちよりも光なのかもしれません。はっきり見えるものは少なくても、縁にとどまる反射や、水滴が拾う小さな明るさは、そこに何かがあったことを静かに伝えます。
この光は、新しいものを照らすための光ではありません。すでに過ぎた時間の、遅れて届く気配のようなものです。誰かがグラスに触れ、飲み、席を立ったあとにも、少しだけ残っているもの。
会津ビールの記憶もまた、そういう残り方をしているのだと思います。鮮やかに主張しなくても、どこかにとどまり続けるもの。はっきり名前を呼ばなくても、失われたとは言い切れないもの。
ここで終わってもいいし、また最初に戻ってもいい。ただ、静かなものは案外長く残る。その感覚だけは、持ち帰ってもらえたらと思います。
もう残っていないと思っていた。
けれど、少しだけ、残っていた。